
食事も薬も続けているのに、HbA1cが動かないとき
内科の待合室で結果票を受け取り、前回とほぼ変わらない数字にため息が出る。食事量も見直し、薬も欠かさず飲んでいるのに、なぜ動かないのか——。その理由の一つとして、近年注目されているのが歯ぐきの慢性的な炎症です。歯周病と糖尿病は、互いを進めやすくする関係にあることが報告されています。この記事では、炎症性物質がインスリンの働きを妨げる仕組み、高血糖が口の中に与える影響、そして内科と歯科をどう並行させるかを、研究データを交えて整理します。
この記事の要点まとめ
- 歯周病と糖尿病は相互に影響し合い、口内の炎症が血糖値に作用する場合があります。
- 自覚症状が乏しくても出血などの兆候があり、気づかないうちに進むことがあります。
- 内科の治療と歯科でのケアを並行して進めることが、血糖管理の一助になり得ます。
- 歯周病が「糖尿病の第6の合併症」と呼ばれる理由
- 痛みがなくてもHbA1cに影響している歯周病のサイン
- 歯周病の治療でHbA1cはどの程度動く可能性があるか
- 内科と歯科をどう並行して進めるか
- 高血糖が招く口の中の変化と日常のケア
- よくある質問
- 参考文献
歯周病が「糖尿病の第6の合併症」と呼ばれる理由

糖尿病の合併症といえば、神経障害・網膜症・腎症の三つがよく挙げられます。ここに動脈硬化性の血管障害を加え、さらにもう一つ並べて語られるようになったのが歯周病です。国際的な研究論文でも歯周炎は「糖尿病の第6の合併症」と位置づけられ、両者が互いを進めやすい関係にあることが指摘されています6。
神経障害・網膜症などの合併症と歯周病の位置づけの違い
網膜症や腎症は、高血糖が続いた結果として細い血管が傷むことで生じる、いわば一方向の流れです。これに対して歯周病は少し性質が異なります。高血糖が歯ぐきの状態に影響するだけでなく、歯ぐきの炎症のほうが血糖コントロールに跳ね返る——双方向に作用し合う点が、ほかの合併症と歯周病を分ける大きな違いです。
もう一つの違いは、歯科で確認・対応ができる点にあります。網膜や腎臓の変化を自分で感じ取るのは難しいものですが、歯ぐきは鏡で色や腫れを確かめられ、歯周ポケットの深さも検査で数値化できます3。全身の中で、比較的早い段階で手を打ちやすい部位と言えます。
炎症性物質が血糖値を押し上げる仕組み
歯周ポケットの中で細菌が増えると、体はそれを排除しようと免疫反応を起こします。このとき免疫細胞から放出されるのが、TNF-αやIL-6といったサイトカインと呼ばれる炎症性物質です。
歯周ポケットの内側は毛細血管が密に走っており、炎症で傷ついた組織から、これらの物質や細菌の成分が血流に入り込みます。そして全身をめぐったTNF-αは、筋肉や脂肪の細胞にあるインスリンの受け取り口の働きを邪魔します。インスリンは分泌されているのに、細胞側が糖を取り込みにくくなる——これがインスリン抵抗性と呼ばれる状態です。
つまり、口の中のわずかな炎症が、薬の効きにくさという形で数値に表れうるわけです。2型糖尿病の方を対象にしたメタ分析でも、歯周治療の前後で血中の炎症マーカーが変化することが報告されています4。
高血糖が歯周組織の抵抗力を弱める逆方向の影響
反対の流れも見ておきましょう。血糖値が高い状態が続くと、細菌を処理する好中球の働きが鈍くなり、傷ついた組織を修復するスピードも落ちやすくなります。加えて、血液中の糖とたんぱく質が結びついてできる終末糖化産物(AGEs)が歯ぐきの組織に蓄積すると、炎症反応がさらに強まりやすくなると考えられています。
血管が細くなって栄養や酸素が届きにくくなることも重なり、同じ量のプラーク(歯垢)でも炎症が深くまで及びやすい。糖尿病のある方は歯周病にかかりやすく、進みやすい傾向があると各種の情報でも整理されています13。炎症が進めば、また血糖に跳ね返る。この輪をどこかで断つという発想が、両方の治療をつなぐ考え方になります。
痛みがなくてもHbA1cに影響している歯周病のサイン
歯周病がやっかいなのは、進んでいる最中ほど痛みが出にくいところです。「痛くないから大丈夫」と判断してしまうと、炎症は静かに続きます。
朝の歯みがきで歯茎から出血する場合に考えられること
「朝、歯を磨くと血がにじむ」という相談は少なくありません。就寝中は唾液の分泌が減り、細菌が増えやすい時間帯です。そのため起床直後は歯ぐきの炎症が最も表に出やすく、出血という形で現れます。
健康な歯ぐきは、多少強く磨いても簡単には出血しません。出血は「そこに炎症がある」という体からの合図と受け取るのが妥当です。数日で落ち着くなら磨き方の見直しで改善することもありますが、2週間以上続く、腫れぼったさや口臭を伴う場合は、歯周ポケットの内側で炎症が続いている可能性を考えます23。
出血が気になると磨くのを控えたくなりますが、プラークが残れば炎症はむしろ長引きます。やわらかめの歯ブラシで、痛みのない範囲を丁寧に。これが当面の対応です。
「痛くないから大丈夫」という誤解
歯周病で失われていくのは、歯を支える骨(歯槽骨)です。骨が減っていく過程には強い痛みを伴わないことが多く、しみる・噛むと違和感がある、といった軽い症状にとどまりがちです。歯がぐらつき始めて初めて気づく、という流れも珍しくありません。
血糖コントロールという観点でも、この静けさは注意が必要です。痛みの有無と炎症の量は必ずしも一致せず、自覚症状がないまま炎症性物質が出続けていることがありえます。歯周ポケットの深さや出血の有無は検査で数値化できるので、感覚ではなく測って確かめるほうが確実です。
内科治療だけを続けても数値が動きにくい理由
食事療法も薬物療法も、体内での糖の処理を整える方法です。ただし、口の中で炎症が続いているなら、その炎症そのものは薬でも食事でも取り除けません。歯周ポケットの深いところに入り込んだ歯石やプラークは、歯ブラシでも届かないためです。
内科医から歯科受診を勧められるのは、こうした背景があるからです。炎症源を物理的に減らす対応は、歯科でのスケーリング(歯石除去)など専門的な処置が担う領域になります。内科治療を置き換えるものではなく、並行して進めるという位置づけで捉えてください。
歯周病の治療でHbA1cはどの程度動く可能性があるか
ここが最も気になるところだと思います。結論から言えば、変化の大きさには個人差があり、誰にでも同じ数値の変化が起こると約束できるものではありません。そのうえで、研究で報告されている範囲を見ていきます。
臨床研究にみる改善の目安
2型糖尿病の方を対象に、歯周治療の前後で血中の炎症マーカーを調べたメタ分析では、治療後に炎症指標の低下が認められたと報告されています4。前述のTNF-αなどが減れば、インスリンの働きを妨げる要因が一つ減るという理屈です。
実際、歯周治療によるHbA1cの変化幅は研究によってばらつきがあり、低下が報告される場合もある一方、有意な差が出なかった報告もあります。血糖値は食事・運動・服薬・体重など多くの要因に左右されるため、歯周治療だけを切り離して評価するのが難しいのです。「数値が必ず下がる」ではなく「血糖コントロールを妨げうる要因を一つ減らす」という受け止め方が現実的です。
喫煙する方の場合に見られた変化
喫煙は、歯ぐきの血流を悪くし、炎症の見た目を隠してしまう要因として知られます。出血が出にくいぶん、進行に気づきにくい面もあります。
喫煙習慣のある2型糖尿病の方に対し、歯みがき指導・スケーリング・歯根面の清掃を含む非外科的な歯周治療を行い、6か月追跡した無作為化比較試験では、歯周組織の状態と糖尿病関連の指標に変化がみられたと報告されています5。喫煙している場合でも歯周治療を行う意味はあるという点は、押さえておきたいところです。もちろん、禁煙に取り組めるならそちらの影響も小さくありません。
なお歯周治療は保険診療で行われるのが基本です。外科処置や自由診療(公的医療保険が適用されない診療)を選ぶ場合の目安を挙げると、自由診療となる歯周組織再生療法(特殊な薬剤や材料を用いて失われた組織の回復を図る方法)では、治療期間はおおむね3〜6か月、通院回数は検査・手術・治癒の確認を含めて5〜10回程度、費用は1歯あたり5万〜15万円程度というのが一般に公開されている範囲です。このほかに、初診時の検査・診断料として5,000〜2万円程度、治療後の定期的な管理に1回あたり5,000〜1万5,000円程度がかかることがあります。ここで触れる金額はあくまで一般的な相場であり、当院の費用ではありません。実際の費用は医療機関により異なり、診察のうえでご案内する形になります。
また自由診療は公的医療保険が使えず、費用は全額自己負担となります。外科処置では術後の腫れ・痛み・出血、歯ぐきが下がって歯が長く見える、一時的に歯がしみるといった変化が起こる場合があり、骨や歯ぐきの状態によっては期待した回復が得られないこともあります。
変化が現れるまでの期間の目安
HbA1cは過去1〜2か月の血糖状態を映す指標です。歯周治療を始めてすぐ翌月の検査に反映されるわけではなく、炎症が落ち着いて数値に表れるまで、おおよそ3か月前後を見ておくのが現実的でしょう。
歯周治療自体も、検査・歯みがき指導・部位ごとの歯石除去・再検査と段階を踏むため、数回の通院が必要です。治療後に清掃が行き届かなければ、炎症は再び起こりえます。処置そのものより、その後の管理を続けられるかが結果を左右します。歯ぐきの腫れや一時的な知覚過敏、処置後の出血などが起こる場合もあるため、気になる症状は担当の歯科医師に伝えてください。
内科と歯科をどう並行して進めるか
二か所に通うとなると、時間のやりくりが頭をよぎります。ただ、進め方を整理しておけば負担はかなり抑えられます。
糖尿病連携手帳を使った情報共有の仕方
糖尿病の療養では、日本糖尿病協会が発行する糖尿病連携手帳が使われることがあります。HbA1cや血糖値、服薬内容を記録し、複数の医療機関で共有するための冊子で、歯科の記入欄が設けられているものもあります。
歯科を受診する際は、この手帳やお薬手帳、直近の検査結果を持参してください。歯科側が知りたいのは主にHbA1cの推移、服薬内容(特に血糖降下薬や抗血栓薬)、低血糖を起こしたことがあるかの三点です。これが分かると、処置のタイミングや当日の食事の取り方まで調整しやすくなります。
逆に、歯周病の検査結果を内科に伝えておくのも役立ちます。数値が動きにくい理由を一緒に考える材料になるからです。手帳がなければ、検査結果票のコピーでも構いません。
歯科を受診する時期の目安
判断に迷ったときの目安を挙げます。
- 歯みがき時の出血が2週間以上続いている
- 歯ぐきが腫れぼったい、押すと膿のようなものが出る
- 口臭が以前より気になる
- 歯が長くなったように見える、歯と歯の隙間が広がってきた
- 硬いものを噛むと歯が動く感じがする
- 内科医から歯科受診を勧められた
一つでも当てはまるなら、早めの検査をお勧めします。特に最後の項目は、内科側が血糖コントロールとの関連を疑っているサインです。痛みがないからと先送りしても、炎症は待ってくれません。
忙しい人でも続けやすい通院間隔の考え方
歯周治療の前半は、検査と部位ごとの処置で週1〜2週に1回のペースになることがあります。ここを乗り切れば、その後の管理は3〜4か月に1回程度が一つの目安です。年に3〜4回と考えれば、内科の受診に比べて負担は大きくありません。
工夫としては、内科の受診日に合わせて歯科の予約を入れる、繁忙期の前後に集中的な処置を済ませておく、といった組み立てが現実的です。当院では予約システムをご利用いただけますので、ご都合に合わせて日程を調整いただけます。歯科医院を選ぶ際は、こうした予約の取りやすさも確認しておくと続けやすくなります36。
高血糖が招く口の中の変化と日常のケア

血糖値の高さは、歯ぐきだけでなく口の中の環境そのものにも影響します。
唾液量が減り口が渇きやすくなる理由
血糖値が高い状態では、体が余分な糖を尿として排出しようとするため、水分が失われやすくなります。体内の水分が不足すれば唾液の分泌も減り、口の渇きを感じやすくなります。服用している薬の影響で唾液が減ることもあります。
唾液には、汚れを洗い流す、酸を中和する、細菌の増殖を抑えるといった働きがあります。その量が減ると、プラークが停滞しやすく、むし歯も歯周病も進みやすい環境に傾きます2。「最近よく喉が渇く」という自覚は、口の中でも変化が起きているサインかもしれません。
感染しやすい口腔内環境への日常の対策
毎日できることは、それほど複雑ではありません。
- こまめな水分補給:糖分を含まない水やお茶で、口の中を乾かさない
- 歯間清掃の習慣化:歯ブラシだけでは歯と歯の間のプラークは落としきれません。フロスや歯間ブラシを1日1回
- 就寝前の一手間:唾液が減る夜間に備え、寝る前の清掃を丁寧に
- よく噛んで食べる:咀嚼は唾液の分泌を促します
- 禁煙を検討する:喫煙は歯ぐきの血流と免疫に影響します
義歯を使っている方は、装置の清掃も忘れずに。口の中の乾きが強いときは、保湿用の洗口液などを歯科で相談してみてください。
守山区で通院先を選ぶ際に確認したい点
守山区にお住まいで内科と歯科を並行させるなら、生活動線の中で通える場所かどうかが継続のしやすさを左右します。仕事帰りに寄れるか、駐車場があるかといった点は、意外と大きな差になります。
設備面では、歯を支える骨の状態を立体的に確認できる歯科用CTや、口の中の細菌量・唾液の性質を調べる唾液検査があると、現状を数値で共有しやすくなります。こうした検査を通じて、内科での経過と合わせて口腔内の状態を確認していくことが、無理のない治療計画につながります。
大切なのは、全身の状態を踏まえて相談できるかどうかです。当院は「あなた」にまじめで誠実な歯科診療を、という考えを大切にしています。内科での経過を伝えたうえで、無理のない計画を一緒に立てていくことが望ましいでしょう12。
よくある質問
Q1. 糖尿病がある場合、抜歯できるHbA1cの目安はありますか?
A. 明確な一律の基準はなく、抜歯の可否は全身状態や血糖の安定度、感染リスクなどを踏まえて個別に判断されることが多いとされています。数値が高めでも、内科の担当医と情報を共有したうえで処置が可能な場合もあります。自己判断せず、歯科と内科の双方に相談してください。
Q2. ゆで卵やあんこは、糖尿病がある場合どう考えればよいですか?
A. 食事内容は内科の担当医や管理栄養士の指導が基本になります。一般論として、卵はたんぱく質源として使いやすい食品、あんこは砂糖を多く含むため量とタイミングに配慮が必要な食品、という整理になります。歯科の立場からは、糖分を含む間食の回数が増えるとむし歯のリスクが上がる点も付け加えておきます。
Q3. 糖尿病で最初に出やすい症状は何ですか?
A. のどの渇き、尿の量や回数の増加、疲れやすさ、体重の減少などが挙げられます。ただし初期は自覚症状が乏しいことも多く、健診での指摘が発見のきっかけになる場合が少なくありません。口の渇きや歯ぐきの腫れが続くときも、内科での確認を検討する価値があります。
Q4. 歯科で「経過観察」と言われました。放置してよいという意味ですか?
A. 「今すぐ処置は必要ないが、変化を見ていく段階」という意味合いです。糖尿病がある場合は状態が変わりやすいこともあるため、次回の確認時期を必ず確認し、その間に出血や腫れが出たら早めに連絡してください。
Q5. 歯周治療を受ければ血糖値は下がりますか?
A. 改善が報告された研究はありますが、変化の大きさには個人差があり、必ず下がると言えるものではありません。食事・運動・服薬といった内科的な管理と並行して進めることを前提に、炎症という要因を一つ減らす取り組みとお考えください。
参考文献
1. 厚生労働省「健康づくりサポートネット(疾病・健康に関する情報)」 https://kennet.mhlw.go.jp/information/
2. 厚生労働省「健康づくりサポートネット(口腔・歯の健康)」 https://kennet.mhlw.go.jp/information/teeth
3. 日本臨床歯周病学会 公式サイト https://www.perio.jp/
4. Artese HP, Foz AM, Rabelo Mde S, et al. Periodontal therapy and systemic inflammation in type 2 diabetes mellitus: a meta-analysis. PLoS One. 2015. PMID: 26010492 / DOI: 10.1371/journal.pone.0128344
5. Pham TAV, Nguyen PA, Tran TTP, et al. Nonsurgical periodontal treatment improved the type 2 diabetes mellitus status in smokers: A randomized controlled trial. Diabetes Res Clin Pract. 2022. PMID: 36375565 / DOI: 10.1016/j.diabres.2022.110150
6. Xiao C, Zhang L, Li Z, et al. Periodontal health intervention for oral health-related outcomes in older type 2 diabetes patients: a randomized controlled trial in a Chinese tertiary hospital. Sci Rep. 2025. PMID: 40745361 / DOI: 10.1038/s41598-025-13434-0
2013年 朝日大学医科歯科医療センター 研修医
2014年 医療法人愛健会 エムデンタルクリニック 勤務
2016年 おちデンタルクリニック長久手 副院長就任
2024年 森のまち歯科 開院
日本口腔筋機能療法学会
インビザライン認定ドクター
日本歯科医師会
愛知県歯科医師会
名古屋市歯科医師会
あわせて読みたい関連記事



